穂高岳 屏風岩 東壁 東稜ルート アルパインクライミング

山行日
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山域、ルート
穂高岳 屏風岩 東壁 東稜ルート
活動内容
アルパインクライミング
メンバー
石橋、長野

穂高岳 屏風岩 東壁 東稜ルート アルパインクライミングの山行記録

「屏風岩」
クライマーならば誰しもがその名を知る大岩壁は日本のクライミングを語る上では避けて通れぬ、いわばクライミングの聖地のひとつである。涸沢・穂高へと続く登山道から見えるその姿は、まさに日本を代表するビッグウォールといっても過言ではないだろう。古くから多くのクライマーがその壁に挑み、歴史に名を遺す偉業を成した者もあれば、数多くの悲劇の舞台ともなった。

僕もその屏風岩に憧れ、いつか登りたいと夢見たクライマーの一人である。渡米し、しばらく日本の山にも別れを告げねばならぬのなら、山を始めたとき下から見上げた屏風岩に触れておきたいと感じた僕は、同じく以前より屏風の登攀に意欲を示していた長野さんに声をかけさせてもらい、この山行を進めていくに至った。

屏風の登攀に必要な技術として人工登攀の技術があげられる。もちろんフリーで抜けることができるルートも存在するのだが、我々が登る東壁・東稜ルートは主に人工登攀ルートとなる。

6月ごろより六甲山の堡塁岩でアブミを用いたクライミングの練習を行った。最初は慣れない手順に戸惑うこともあったが半日登れば勝手は理解できたし、だんだんとスムーズに登れるようになってきた。ハーケンやボルトだけではなく、本番を想定してカムやナッツ、トライカムといった所謂リムーバブルプロテクションも積極的に使用して人工登攀の技術を身につけていった。

7月に入り、ルートを調べたり必要な装備を選定しながら準備を行い、7月19日の夜、神戸を発つ。

その夜、あかんだな駐車場に車を入れ、仮眠。翌朝6:40発のバスに乗り込み上高地へ入る。
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上高地からは2時間ほどで横尾まで入り、テントを設営。その後翌日の渡渉点の偵察へ向かう。偵察へ向かう前に山荘横の登山指導センターで1ルンゼと屏風の頭から徳沢までの登山道の状況を尋ねたがセンター自体が17日にオープンしたばかりでまだ今年の情報はないのだという。残念だが仕方がない。
穂高岳 屏風岩 東壁 東稜ルート アルパインクライミング IMG_20210720_094852_0穂高岳 屏風岩 東壁 東稜ルート アルパインクライミング IMG_20210720_110722_1
事前のリサーチで横尾から橋を渡ってすぐに渡渉をすると比較的濡れないという情報があったため橋を渡って数分歩いたところに砂利が堆積しているあたりから川を目指す。しばらく河原を歩き、適当に渡りやすそうなところへ入ってみる。この水が想像を絶するほどに冷たい。長野さんはネオプレンのソックスにスポーツサンダルだったがそれでもヒーヒーと声を上げる。一方僕は素足にサンダル。呼吸が荒くなるほど冷たい。一度渡渉すると足が真っ赤になって痺れるほどの渡渉を何度か繰り返しながら1ルンゼの取り付きを目指して上流へと向かってゆく。しかしこれが思いのほか遠い。小一時間かけて到達した1ルンゼ取り付きは、なんと川を挟んで登山道の眼前だった。しかも問題の渡渉もそんなに濡れ具合は変わらない。水量によっては下部のほうが渡りやすいのかもしれないが、渡ってからのことを考えると1ルンゼに正対する地点からまっすぐ渡ったほうが明らかに早いということを確認。翌日の渡渉は岩小屋横の案内板から20mほど涸沢側に歩いた地点から渡ることを決めて、昼食をとるため横尾へと戻る。その日は明日へ備えて昼から木陰でうとうとしながら過ごし、早めの晩御飯を食べて早々に就寝。

翌日は0時起床。各自朝食をとって2時に横尾を発つ。20分ほどで前日確認した渡渉ポイントに到着。冷え切った冷水を昨日同様悶絶しながら渡り、1ルンぜへと入ってゆく。外から見るとかなりブッシュらしかったが、入ってみると森の中に綺麗に開けた枯れ沢が続き、快適にアプローチができた。T4取り付き手前で雪渓があったのでこれを乗越して、3時30分にT4取り付きへと到達。まだかなり暗かったため、30分ほど休憩しながら登攀の準備をしてゆく。空が白んできて頭上に大きな岩壁が現れると自然と胸が高鳴った。いよいよ憧れの登攀の始まりである。
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1ピッチ目のトップは長野さん。雪渓の隣から凹角に沿って徐々にロープを伸ばす。25mほどでピッチを切って、2ピッチ目は僕がトップで登る。やや左上気味に上がっていき、30mほど登ると終了点があった。ここからはしばらく林の中を歩いて登り、最後に10mほどの草付き凹角をサイマルで登ってT4へと上がる。この時点で6時だがすでに日光が当たりかなり暑い。眼前にはまさに屏風の名にふさわしい大岩壁が広がり、朝日に照らされてより大きく、かっこよく見えた。T4でしばらく休んだのちに、超藪漕ぎの緩傾斜帯をトラバースしてT2へと向かう。
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07:20、いよいよT2から東稜へと取り付いた。この時点で計画から約1時間の遅れ。ここから巻き返すという意気込みとは裏腹にトップで登る長野さんのペースが上がらない。ハング上部の支点間隔が遠くアブミをかけるのに苦戦する。体を支える腕の限界に、突き刺すような日光が追い打ちをかける。1ピッチ目15mを登るのに2人で1時間半を要してしまった。
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2ピッチ目はトップ交代して僕が順調に高度を稼ぐ。1ピッチ目とは違いスラブに並んだ支点にアブミをかけては乗り込み、またかけては乗り込みを繰り返す。技術的な難しさはないが、とにかく支点が悪い。たまにフリー用のボルトがあるもののそれ以外は半分しか刺さっていないハーケンや伸びきったリングボルト、半分切れたスリングがかかったハーケンなど体重をかけるのが怖い代物ばかり。それにすべての支点にクリップすればヌンチャクは確実に足りなくなるため、3,4本飛ばして状態のいい支点を中心にクリップする。そうすれば自然とランナウトしてゆくので、落ちれば下のボロボロのハーケンなど簡単に飛んでしまうだろうと考えるとますます怖くなる。アルパインは落ちないことが大前提とよく言うが、本当にその通りである。2ピッチ目の終了点はアブミに立ったままハンギングビレイをしてフォローの長野さんを上げる。晴れていて気持ちよいが、とにかく暑い。2ピッチ目の終了時点で10:30であったが、これは計画ではトップアウトしている時間である。まだ全ピッチの3分の1しか登れていない状態なので屏風の頭まで行くのはあきらめ、トップアウトできたとしても懸垂で降りることになるだろう。それにこの日の天候は快晴ではあったものの、昼からは大気の状態が不安定となり夕立が降るような天気であった。安全のため12時をもって登攀を打ち切ることを話し合って、僕が引き続きトップで3ピッチ目に取り付く。
穂高岳 屏風岩 東壁 東稜ルート アルパインクライミング DSCN0340_13.JPG穂高岳 屏風岩 東壁 東稜ルート アルパインクライミング IMG_20210721_104941_7
左にトラバースして5mほど上がると懸垂支点があった。頭上にはまだまだ岩壁が続いていて、このままのペースだと登りきるのにあと3,4時間はかかるだろう。しかしこの時すでに風は谷風に変わり、燕や常念の東斜面に大きな雲が乗り上げてきていた。仮に雨が降り出す前に登れたとしても、懸垂で降りれば渡渉で増水しているかもしれないし、時間をかけて涸沢か徳沢までまわっても雨の降る中、雪渓を渡らなくてはならない。さらに夕立の雷の中、壁に取り残されるのはもっと危険だろう。天気が安定するならたとえテントに戻るのが深夜になったとしても行けるだろうが、天気だけはどうしようもない。二人で相談して、11:30に同ポイントから撤退を開始した。30mほど懸垂で下ってハング下のバンドを経由してさらに30mの懸垂で草付きの緩傾斜帯へ下りる。T4までトラバースしてT4トップから懸垂を3回繰り返してT4の取り付きへ。下山中に気が付いたが、朝は雪渓横の急斜面を登って雪渓の上を歩いてアプローチしたが、雪渓手前20mの地点から右手のブッシュに入ると藪漕ぎに近くなるもT4取り付きまで楽に行けることに気が付いた。1ルンゼからは薄っすらと踏み跡もついていたのでT4にアプローチされる方にはぜひ使っていただきたい。
穂高岳 屏風岩 東壁 東稜ルート アルパインクライミング IMG_20210721_113614_8穂高岳 屏風岩 東壁 東稜ルート アルパインクライミング IMG_20210721_143554_10
もと来た道を戻りながら何度も何度も屏風岩を振り返る。トップまでは果てしなく遠い。でも4年前に下からこの岩場を見上げていたころに比べればかなり近くまではやってきたのだ。あともう少し、それはもう少しばかり技術を身に付けて、いろいろな経験を積んで帰ってきたときにやってみよう。自分自身の成長に気付ける場所として屏風岩にはまた来たい。屏風岩からの帰り道で次にこの岩場に来ることを考えただけでまた胸が高鳴った。
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1ルンゼを下って川を渡って登山道を横尾穂面へと向かう。このころには黒い雲が屏風に頭の上にも広がり、テントへ戻るころには雷がゴロゴロと音を立てていた。ナウキャストで見ると横尾周辺はそこまで雨は降らなかったが、表銀座や黒部、後立山ではかなりの降水と発雷があるようだった。登攀の技術はまだまだ足りず、トップまで登る力はなかったものの、状況を読み取り決断する力は山を始めたころに比べてかなり成長したと実感した。
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翌朝は7時に横尾を出て帰路に就く。途中穂高神社によって無事に帰れたことへの感謝と次からの山行でも見守ってもらえるようにお祈りして、10時に上高地へとついた。この日は4連休の初日で河童橋にはもの凄い数の観光客が美しい景色を求めて訪れていた。あとから知ったことだが僕らが山にいた3日間で5件の遭難事故が槍穂高連峰で発生し、うち2人が亡くなったそうだ。観光客がアイス片手に楽しむ美しい景色の中で、悲惨な事故が起きていることを考えると、我々もいつ事故を起こしてもおかしくないのだなと思う。ただその事実に対して自分だから大丈夫と高を括るのか、それとも常に最悪を想定して準備をするのか、それだけで生き残れる可能性には雲泥の差がある。常に技術を磨き、その心構えをもって、事故を起こさないこと、また事故を起こしてもそれに対応し必ず生き抜くことができる登山者でありたいと感じた。

反省点としてはまずそもそもの登攀力不足があげられる。

六甲山で練習したとはいえ、付け焼刃の技術では登れたとしてもロングルートになるとスピードが足りない。継続して安定した作業ができるように人工登攀の技術に熟練することとマルチクライミングによる練習も必要であると感じた。また人工登攀ではギアの数が通常のクライミングより圧倒的に多い。ギアラックの整理等をうまく行わないと混乱し、登攀がスムーズにいかないことがある上、最悪ギアを落としてしまうような場面もあるだろう。

アブミの架け替え時間の短縮案としてフィフィを使うことは以前から認知していたものの、ギアラックから落としてしまうリスク等を考えて、この登攀ではカラビナを用いていた。しかしカラビナを使うことでよりギアラックが混乱し、スムーズな架け替えができなかった。フィフィを使えばギアラックへの収納と支点への設置、回収が容易となり、またハーネスへもかけ方次第では落下しにくいと思われる。フィフィの使用については前向きに検討していくべきだろうと感じた。

今回の山行では横尾にベースキャンプを張ったが、当初はT4またはT2にテントを張る予定だった。荷揚げやルート上の問題からこの案より横尾ベース案を採用したが、登攀を確実にしたいのであればよほどのスピードが出せるパーティー以外はT4またはT2での幕営が適しているだろう。横尾からのアプローチは長くはないものの、暑さも相まってかなり疲労する。前日までにT4またはT2入りしておけば当日はかなり余裕が持てるだろう。

この山行で個人的に最も感じたのは登攀のスピードと安全のバランスだった。以上の反省点を踏まえても人工登攀はフリークライミングに比べて作業が多く、より時間を要する。となるとあとはその作業自体を減らすしかないのではと考える。単純にクリップする支点を減らせば作業時間はそれだけ少なくなり、登攀のスピードは上がる。ただし万が一何らかの原因でフォールした場合、クリップされた支点が少ないことで落下距離は伸びる。ビレイの方法によっては最終支点への負荷も大きくなるだろう。こうした安全面での問題を克服しながらさらにスピードを上げようと考えると「落ちないこと」が前提となってくる。結局はそこにたどり着くのだが、それだけ本番で落ちないことという言葉には落ちたら事故につながるという意味のほかに登攀のスピードを上げて成功率を上げること、危険な場所に長居しないことという意味があるのだと気付いた。決して成功とは呼べない山行だったが、得るものは非常に多かった山行でした。