奥穂高岳 南稜 残雪期アルパインクライミング バックカントリー 山スキー
- 山行日
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- 山域、ルート
- 奥穂高岳 南稜
- 活動内容
- 残雪期アルパインクライミング バックカントリー 山スキー
- メンバー
- 藤本(L)、三浦(記)
- 登攀装備
- シングルロープ8.5mm x 50m、カム、ナッツ、スリング、ハーネス、アックス2本
奥穂高岳
奥穂高岳は北アルプスの3190mの山である。日本第3位の高峰、北アルプスの最高峰であり、北アルプス南部の盟主とされる。圧倒的な質量感のある峻厳な岩塊そのものを山体とする姿は盟主と呼ぶに相応しい風格だと思う。奥穂高岳は私が初めて本格的な登山を経験した山でもある。中学生の夏休み、山好きな両親に連れられて運動靴で岩場をよじ登っていったのを覚えている。個人的に最も思い入れがある山である。
奥穂直登ルンゼとバックカントリー
奥穂高岳はバックカントリースキーの対象としても人気が高く、最もよく滑降されるルートは直登ルンゼ1, 2だろう。直登ルンゼは、その名の通りザイテングラードから奥穂山頂に向けて一直線かつダイレクトに突き上げるルンゼである。名前から登攀ルートとして開拓されたと想像され積雪期には登ることもできる3が、今日ではスキー滑降ルートとして語られることがほとんどである。日本第3位の高峰山頂からスティープなルンゼにダイレクトにドロップできる非常に魅力的なラインである。その他、奥穂の山スキーのルートとしては扇沢3も度々滑降されている。
奥穂高岳南稜
奥穂高岳南稜は岳沢から南稜の頭に向けて突き上げる尾根で、ウォルター・ウェストンと上条嘉門次が1912年に奥穂高岳を初登したクラシックルートである。難易度は一般に中級程度とされ、無雪期、積雪期問わずアルパインクライミングのルートとして人気がある。トリコニーと呼ばれる3つの岩峰があり、上高地や岳沢からその特徴的な姿を望むことができる。
岳沢~涸沢間の移動
岳沢と涸沢間の移動は山屋や山スキーヤーの課題と考えている。積雪期に一般縦走路を使って岳沢から涸沢へ移動するのであれば、最短で岳沢~奥明神沢~前穂~吊尾根~奥穂~奥穂山荘~涸沢、となるが直線距離のわりには長丁場である上に、積雪期の吊尾根は一般縦走路にしては難易度が高い。一方で、山スキーであればより合理的なルートが選択肢になる。岳沢~奥明神沢~前穂~吊尾根北面ルンゼ滑降~涸沢のルート4は一つの解であろう。しかし吊尾根北面ルンゼはかなりの急斜面でありながら、岳沢からアクセスするとドロップポイントに行くまで滑降ラインの状況は確認できないため、容易なルートとは言い難い。そこで別解として以前から温めていたのが、岳沢~奥穂南稜登攀~奥穂~直登ルンゼ滑降~涸沢のルートである。登攀と滑降を含み、アルパインクライミングと山スキー両方の経験者のみに許された合理的なルートだと思う。
奥穂高岳 南稜 残雪期アルパインクライミング バックカントリー 山スキーの山行記録
4月の大山5に続きアルパインクライミングとスキーを合わせた山行ということで、奥穂南稜をスキーを担いで登攀し、直登ルンゼを滑降するという以前から温めていた計画を実行した。しかし、奥穂南稜を完登したものの時間がかかり過ぎ、奥穂山頂に23時着、直登ルンゼ滑降は諦め、21時間行動の末、25時半に疲労困憊で奥穂山荘に逃げ込むという結果に終わった。
5月2日 奥明神沢滑降
あかんだな駐車場から始発のバスで上高地入りし、岳沢登山口から歩き始めた。下部には雪は全くなく、シールを使えたのは2050m付近から。この日は奥明神沢を登り、前穂高岳山頂からダイレクトに滑降できる前穂高沢6を滑る予定だった。気温が低めだったので行けるところまで、ということで岳沢小屋に不要な荷物をデポして奥明神沢を登り始めた。しかし、次第に稜線に雲がかかり始め雪も降り出したので、2600m付近でスキーに履き替え、登ってきた奥明神沢を滑ることにした。昨日降雪があったおかげでパウダーだが、古く硬くなったデブリに底付きするため見た目より滑りにくい。なんとかこなして岳沢小屋まで滑り降りた。
5月3日 奥穂高岳南稜登攀
4時半岳沢小屋発で奥穂南稜の取り付きに向けて歩き出す。取り付きは尾根の末端を右に巻いて詰めたところから。先行パーティは尾根左手から、後続は自分達のさらに右側から取り付いたようだ。
1P 藤本
ハイマツを開始点にして、岩壁に取り付く。最初の岩壁がかなり悪く、何度かテンションかけながら無理矢理フォローで登った。
2P 藤本
緩いハイマツ帯。抜けると雪稜に出た。取り付きで見えた2パーティは先行し姿はもう見えなくなっていた。取り付きで時間をかけ過ぎたか。
2Pの後、先行のトレースを使わせてもらい雪稜をフリーで登る。右手には明神岳、左手にはコブ尾根の迫力ある岩壁だった。景色を堪能しながら登って行った。しばらく登るとトレースは一旦尾根の右側に移り、雪庇を乗っ越して再度尾根に乗り上げていた。雪庇直下のハイマツを開始点にして再びロープを出す。
3P 藤本
雪庇の乗っ越しはグサグサ雪の垂直な雪壁で、前爪を何度も蹴り込んで足場を作って登る。雪庇を越えると広めの雪稜。
4P 三浦、5P 藤本
徐々にハイマツと雪が少なくなり岩稜帯になってくる。
6P 三浦
1峰チムニーの手前まで。このあたりはほぼ岩場の登攀。
7P 藤本
チムニーの間を歩いて抜けて一旦右側の岩壁を上がってから、左の岩壁に乗り移る。
8P 藤本
1峰頂上に向けて岩稜帯を登り頂上から先はナイフリッジを歩く。背負ったスキーのテールが岩に引っかかり歩きにくい。
9P 三浦
1峰2峰のトラバースから2峰終了点まで。雪面のトラバースの後、トレースは2峰の岩場を登っていたが、トレースの右側の雪面をそのまま登ると2峰を巻いてトレースに再び合流できた。錆びた残置ハーケンでビレイ。
時刻は18:30、薄暗くなってきた。ヘッデンをつけロープを解除して南稜の頭に向けて歩き始めた。トリコニーから南稜の頭までは、ほぼ簡単な雪稜で1~2時間と思っていたが結局4時間近くかかった。疲労の上、思ったより岩稜帯が多く全くペースが上がらない。風が出てきて途中で寒くなり、ピナクルにセルフビレイしてザックに入れていたダウンを着込み厚手のグローブに交換する。
南稜の頭到着が22:20、寒いので写真だけ撮ってから吊尾根の縦走路を山頂に向けて歩き、23時奥穂山頂到着。この辺りで雪が降り始めた。直登ルンゼ滑降も、この日の目的地の涸沢ヒュッテも諦め、奥穂高岳山荘までの下降路を降る。途中マチガイ尾根に迷い込んだりしてここでも時間がかかり、結局奥穂山荘に25時半到着となった。疲労困憊で寒さに震えながらも無事着いたことに安堵し、倒れ込むようにロビーで横になった。
5月4日 奥穂山荘から涸沢ヒュッテへ滑降
寒くてほとんど寝られなかったが、宿泊客が動き始める朝4時ごろ起きた。この日は涸沢ヒュッテを出発し滝谷D沢滑降の後、登り返してまた涸沢ヒュッテに戻る予定だった。すでに奥穂山荘にいて滝谷D沢はすぐそばだが、疲れは全くとれておらず滝谷滑降どころか外に出る気力すらないので、風が弱まるまで奥穂山荘で時間を潰すことにする。睡魔と寒気と時間を持て余しつつ過ごし、11時ごろになると風が弱まったので、涸沢ヒュッテへ降りることにした。前々日の降雪が猛烈なストップ雪になり、滑るとデロデロ雪崩れる状態だったがなんとか涸沢ヒュッテまで滑降した。
涸沢ヒュッテには風もなく暖かだった。壮絶だった行程を振り返りながら、安穏な涸沢の空気に浸るのは心地良かった。1日遅れながらも無事目的地に着いたことに感謝し、穏やかな陽のあたるテラスで乾杯した。
あとがき
残雪期奥穂南稜のコースタイム
奥穂南稜登攀の残雪期の標準的なコースタイムは、岳沢小屋から南稜の頭まで5時間から長くても10時間程度のようだ。それに対して自分達は18時間かかっている。大きくルートを外れた訳でも大きなトラブルがあった訳でもない。取り付きのピッチには時間がかかったが、それだけではコースタイム5~10時間が18時間にはならない。
ここまで時間がかかったのは小さい要因が積み重なったことが理由だろう。2人とも積雪期無雪期問わず奥穂南稜を登攀したことがなかったため、ルートファインディングに時間がかかったりロープを出して登るピッチが多くなったこと、背負ったスキーが岩場で引っかかり動きが制限されたこと、スキーが重くて行動が遅くなったこと、足首の自由が効かないスキーブーツでの登攀に時間がかったことなどが要因と思われる。結果的に奥穂南稜登攀~直登ルンゼスキー滑降を実行するには力量不足だったと言わざるを得ない。しかし経験を積んでいつか成功させたいと思う。
岳沢~涸沢間の移動
奥穂南稜登攀~直登ルンゼ滑降は、岳沢から涸沢へ移動するルートとして温めてきた山行だった。逆に涸沢から岳沢へ移動するルートとしては、直登ルンゼ登行~扇沢滑降のルート3があるが、扇沢滑降は雪崩や落石、ノド部の滝の露出のリスクが高い。他のルートとして吊尾根北面ルンゼ登行~前穂高沢滑降、アルパインクライミングとスキー滑降を含む前穂北尾根登攀~前穂高沢滑降が考えられる。いつか挑戦したい魅力的なルートだと思う。