抜戸岳 南尾根 厳冬期アルパインクライミング

1998.12.25-12.28 三瓶 修

12/25 大阪-(きたぐに)-富山

退院したばかりの嫁さんを実家に残したまま、今年も1人夜行列車で年末の山へとむかう。これからは必ず帰って来なければならないので、少々気も引き締まるが、これからもきっとこういうことが続くのだろう。

12/26 雪時々晴れ

富山-猪谷-新穂高温泉(8:45)-岩小屋沢 岩小屋 C1 (15:15)

神岡鉄道は、いつも乗り換える終点の奥飛騨温泉口が、道路工事のためバスが止まれないということで、その手前の駅で降りてバスを待つ。あいにくと湿った雪が降っているが、事前の情報で新穂高のスキー場がまだ営業していないという通り、積雪は全くない。バスを待っていると、タクシーがやって来て2000円でどうかという。11月に偵察に来たときと同じ運転手さんだった。湿雪の中、体を濡らしながらバスを待っているのもしんどいのでタクシーに乗ることにする。最近は安房トンネルが開通したせいで、松本に抜ける客が減ってなかなか大変らしい。新穂高温泉に着くと、今年も名古屋のテレビ局が来ていて、これから冬山に向かう岳人たちを撮影に来ていた。

雪のない駐車場を多くの人達とは反対の蒲田川左またに沿って歩き始める。雪はやまず、穴毛槍もガスの中に隠れて見えない。取り付きと思われる辺りまで歩いたが、全く雪がなく、どこかいいところがないかと思っているうちに、橋を渡って、笠新道の取り付きまでやって来てしまった。11月の偵察で岩小屋沢は比較的幅があり、またいざという時に隠れられるような障害物も随所にあったと記憶していたので、何とかなるだろうと取り付くことにする。1カ所だけ岩小屋のすぐ手前のところが、いわゆる"のど"の状態になっており、そこの通過が懸念されたが、今の雪の量、積雪の状態ならば、大丈夫だろうとたかをくくる。

雪のない夏道から岩小屋沢に入る。全くコンクリートされておらず、ガレガレの沢で、歩きづらい。右に笠新道を分けてなおもガレを詰める。左右の壁が立ち始めたころから突然雪が増え始めた。小さいながらもデブリの跡も随所に見られる。少々まずいか、と思いながらも、成り行きでそのまま沢を詰める。 前衛壁の末端にたどり着くころには胸までのラッセルとなっていた。幸い、このころから視界が時々効き始め、雪面の状態と、ルートの判断ができるようになってきた。沢の中はもうほとんどがデブリで埋まった状態だが、何とか上まで抜けられそうだ。後はただ地道にラッセルを続けるだけである。最後の、"のど"の部分を抜け、稜線のコルが見えてきた。細く狭いコルにはブッシュをからめて、小さいながらも雪屁がブロック状に張り出していた。崩れなくて助かった。幸運に感謝しながら、11月に泊まった岩小屋を掘り出してテントを張る。慣れたつもりでも1人のラッセルは気が遠くなる。たっぷりのお茶を作り、時々晴れる視界から、南壁を眺めながら一服する。壁は11月とさほど様子を変えておらず、明日は予定通り抜戸岳の手前までは行けそうである。

岩小屋沢は、やはりいくら下の雪が少ないとは言え、この時期に詰めることはあまりお薦めできるものではなかった。抜戸岳南尾根は、木登りを交えながら下から苦労して登るルートという事だろう。

12/27 晴れ

C1 (6:30)-取り付き(7:00)-南壁の頭(11:30-1200)-conta.2472 C2(13:00)

昨日の疲れか、少し寝過ごして出遅れる。狭いコルで支度をし、11月の偵察と同様のルートで登り始める。1p目、11月にはno seilで通過した所だが、出だしのトラバースが少々こわかったのでseilを出し、垂壁の手前の潅木でビレーを取る。2ps目、左に少しバンドをトラバースし、5mほどの垂壁をハーケンとキャメロットの人工で超える。さらに雪壁を左上気味に登り、再び潅木でビレー。3ps目、傾斜の緩い雪壁を、古い残置ロープに沿って、凹の下まで延ばす。4ps目、5mほどの凹を登り、南壁の頭へと抜けた。頭には11月には気づかなかったが、色あせたデポ旗がはためいていた。

登攀具を外し、たばこを吸って一息つく。穂高側を見れば、槍ヶ岳と西穂を結ぶ稜線には幾つかの尾根がはい上がっている。いつかは行ってみたいと思っている飛騨尾根もジャンに向かって真っすぐに伸びている。笠に目を移せば、穴毛谷に向かって、途中に大きな岸壁帯をもった尾根が、急峻な末端壁をもって落ちている。穴毛谷の雪崩さえなければ、もっと多くの人によって登られる価値のあるルートだと思われるが、いかんせん、アプローチが悪い。各尾根の末端壁も、いずれもまともに取り付いたら、それだけでも十分に手ごたえのある登攀となるだろう。

やっと今回の核心を終え、ほっとしてのんびり歩き始めるが、ハイマツの上に薄く乗った雪は、簡単に踏み抜かれてしまい、時には胸まで埋まってしまってらちがあかない。仕方がないので、今日はここまでとする。目指す抜戸のピークは、単調な稜線の向こうに小さな雪屁を携えてそびえている。

12/28 晴れ

C2(6:00)-抜戸岳(7:30)-C2(8:00-8:30)-蒲田川左俣林道(9:30)-新穂高温泉(11:00)

暗いうちにテントを張ったまま、アタック装備でピークに向かう。雪も比較的しまっていて、昨日のように胸まで埋まってしまうというようなこともなく、順調に高度を稼ぐ。下抜戸沢の上部は、幾つかの細くもろそうな幾つかのリッジが並んでおり、もしこれらに登る価値を見いだせるならば、技術的にはかなり難しいものだろうと思う。小さな雪屁を越えて、稜線に出ると、わずかに風があたり、穏やかな山行に冬山らしさを添えてくれた。

アタックを終え、テントに帰る。昨日偵察しておいたのだが、この天場から真っすぐに蒲田川の左俣林道が見えている。岩小屋沢に戻るのは、さすがにいやだったので、ここから真っすぐに林道まで下ることにする。

本来なら笠新道はここいら辺から下り始め、岩小屋沢に向かってトラバースして行くのであるが、今はさすがに雪に埋まっていて、どこにあるのか分からない。適当な尾根型に乗って下る。半分ほども下っただろうか、尾根筋はほとんど雪もなくなり、忠実に下るのが困難になって来たので、沢に入り、間もなく林道にたどり着いた。今日中に林道に出られればいいと考えていたのに、1時間で下ってしまった。少しアッケ無さ過ぎたかもしれないが、これで今年の冬も終わりである。 今頃はきっと青谷さんたちは、左方カンテを登っているだろう。雪も少ないし、きっと順調に登っているに違いない。