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富士山 2002年8月7〜8日 石原(記) 「フー、フー、フー」、息遣いは荒く、ふいごのようだ。寒い、本当に夏か? 登山者はいない、音も無い、聞こえるのは自分が踏みしめたガラス質な火山岩の音とザックがこすれる音のみ。立ち止まると耳に「キーン」と痛いほどの静けさが身体を包む。 空は星で埋め尽くされ、天の川がくっきりと見える。登山道は平坦で何ら問題ない。駆け上がれるほどだ。 しかしなんだ、この苦しさは。目は毎日10時間以上勉強したようにグワーと眼圧が上がり、妊婦のつわりのような吐げ、頭痛というより脳が痛んでいる。山頂はもうすぐだ、引き返せば何のために登ってきたのか分からなくなる、そう思って一歩足を踏み出した。 8月6日 午前4時50分、JR三ノ宮駅に行くため阪急六甲にて電車に乗る。前日に富士山登山を思いついたのだ。はじめて青春18キップを使った。電車の連結が上手くことを切に願った。なにしろ遅れればJR富士宮駅にて一夜を明かさなければならないからだ。 幸い連結は上手くいき予定通り13時21分に富士宮駅に着くことができた。なお参考までに以下に乗り換え駅を記す。 JR三ノ宮→大阪→米原→大垣→豊橋→浜松→静岡→富士→富士宮 帰りは逆をたどればよい。 在来線の移動は面白かった。いろんな人がいた。例えば、携帯に「こちら内閣総理大臣、小泉純一郎です!」と自信いっぱいにでる会社員(周りに大勢の人がいる)、広島から18キップを使って気ままな旅をしている老夫婦、若さあふれる女子高生などやっぱり旅はいいね(はぁと)。そんなこんなで富士宮駅にて富士宮登山道5合目まで行くバスのチケットを買う。往復3000円なり。 バス停にて60過ぎのおばちゃんに出会う。そのおばちゃんはもう10回以上富士山に登っているとのこと、やはり静岡に住んでいる人は違う。 バスで1時間半くらい揺られ5合目に到着。標高2400Mだけに非常に涼しく、つい「ひょえー」なんて声をだしてしまった。お恥ずかしい。 五合目を出発したのが17時19分、ゆっくり山頂を目指して登ろう。登り始めると5〜10分くらいで6合目に到着してしまう。「エッ!もう!?」なんて言っていると近くの人が教えてくれた。どうやら5合目と6合目が特別に近いだけで6合目と7合目(正確には新7合目)が遠いらしい。 下山してくる人が多く「こんにちは」と一人一人挨拶をしながら登る。登山道は快適である。火山だけに踏みしめれば火山灰が飛び散り煙い。のどが乾き水が欲しくなる。(2L以上は持っていくべき)。 8合目を過ぎた辺りから目がいたくなってきた、ヘッドラの明かりが妙にまぶしく感じた。太陽が西の雲の間に消えてゆき辺りは暗くなっている。 9合目を過ぎるとなんだかあくびが出てくる。気持ち悪い。「フー、フー、フー」、息遣いは荒く、ふいごのようだ。寒い、本当に夏か? 登山者はいない、音も無い、聞こえるのは自分が踏みしめたガラス質な火山岩の音とザックがこすれる音のみ。立ち止まると耳に「キーン」と痛いほどの静けさが身体を包む。 空は星で埋め尽くされ、天の川がくっきりと見える。 登山道は平坦で何ら問題ない。駆け上がれるほどだ。しかしなんだ、この苦しさは。目は毎日10時間以上勉強したようにグワーと眼圧が上がり、妊婦のつわりのような吐げ、頭痛というより脳が痛んでいる。 山頂はもうすぐだ、引き返せば何のために登ってきたのか分からなくなる、そう思って一歩足を踏み出した。9合目5勺を過ぎた辺りから5歩進んでは立ち止まるようになってきた。 山頂には22時18分に到着。周りには登山者はいない。売店も山小屋も開いてない。なんと神社も開いてなかった! つい「神も仏も無いものよのう、無常無常・・・」と呟いてしまった。 体の不調が治らないため、予定していた山頂でのビバーク訓練はとりやめた。とりあえず8合目まで降りようとするが体がふらつき、ガイド用のトラロープにつかまりながら降りる有様である。この下降は非常に長く感じた(実際に1時間半もかかっている)。 8合目で医者に係り酸素を吸わしてもらってちょっと回復、8合目の山小屋(5000円・泣)に泊まるはめになった。 翌日には5時ごろご来光を見て(8合目で)ゆっくりと下山した。結構はやく降りることができたので6合目から伸びている宝永山の火口を見るためにハイキング道をゆっくりと歩く。 火口の規模は大きく感動した。いい物を見せてもらったって感じです。 今回の登山は「自分の、自分による、自分のための登山」という感じで非常にたのしかった。 反省点:速く登りすぎた、本来なら7合目ぐらいで一泊すべきだった、そうすれば高山病もでなかったであろう。 Home > 山行報告 > 富士山 |