鹿島槍ヶ岳 天狗尾根 冬季アルパインクライミング

2004年3月19日~20日

メンバー  滝口  森(記)

鹿島槍はもともと思い入れの強い山だった。積雪量の多いこの地域の山の中で最も美しいヒマラヤひだをもつ北壁は一番の憧れだった。鹿島の北壁はいつか必ず挑戦したい課題である。ステップを刻まなくてはならないが、北壁のアプローチと下降に必須の天狗尾根は、今の自分たちにぴったりの課題となるに違いない。

概念の把握と北壁の偵察(鑑賞?)にもこれ以上のルートはない。三月の中旬というのも時期的にも申し分ないはずだ。雪は多いが天気は安定しているだろう。意気揚揚と天狗尾根に向かうことにした。

3/18(木) 夜行バスにて信濃大町温泉郷

3/19(金)  大谷原~天狗尾根・第一クーロアール直下

急行ちくまが臨時列車に降格になったため今回はバスでアプローチすることにした。自分は三宮から右京さんは京都から分かれて乗車する。予約も簡単で安いので(往復一人9000円)これからも大いに活用したい。ものすごく狭いので横になることはできないが、右京さんは疲れているらしく寝てしまった。

あさ5:30くらいに大町温泉郷に到着。まわりはボーダーやスキーヤーばかりだ。今回は平日入山なのでトレースはないだろうな。まあ、いいか。黒部観光ホテルで身支度をする。

タクシーでは入れるのは大谷原手前まで。そこからがスタートだ。ほどよくしまっていてあまり埋まらない。ラッセルというほどではない。大分楽だなとおもって歩き始める。20分ほどで大谷原の入山口につく。トイレに着替えなどをデポする。あたりには誰もいない。トレースもない。どうやら一番乗りのようだ。荒沢の出合をめざして大冷沢左岸をつめる。地図上の林道はなんとなくわかるが、意外と狭い。

最初ワカンをはいていたが、スグに脱いでアイゼンに履き替えた。川は埋まっているというわけではないが、流れは細い。渡渉は心配のひとつだったが、これならどうにでも渡れるだろう。

雪の上には動物の足跡しかない。縦横無尽に歩いているそのあしあとをみるとほとんど埋まっていないけど、四足だからかななどと考えながら歩く。一時間ほど歩いて一度目の渡渉。石をひろって靴は脱がずに突破。対岸に渡るところで飛ぼうとしたら、踏み込んだ足が陥没してあやうく川に頭からダイブするところだった。となりで右京さんが大爆笑している。飛べといったくせに無責任なもんだ。

気が付いたら二人パーティーが追いついてきていた。少し年上くらいか。休憩している間に追い抜かれてしまう。しかし暑い。天気はほとんど快晴だ。雪もだんだんと埋まるようになってきたし、だんごになる。沢でテルモスに水をいれようとしたときである。わすれた・・・テルモスないっすやん。ごめんなさい。え?二人で一日500mlしか水がないとは。

が、ふたりとも楽観主義者なのか(バカなのか)ま、いいかということで歩き始める。水はとたんに貴重品になった。さっきの二人組に追いついたところで、取り入れ口。二度目の渡渉となる。今度は靴のままでというわけにはいかなさそうだ。すねくらいまでか。さあ、いくかと靴を脱ぎ始めていると、またもや後続パーティーが到着。エキスパート風のおじさんたちだ。YCCとヘルメットに書いている。

彼らは少し川を見て靴をはいたまますねまで水につかりながらじゃぶじゃぶ渡っていった。われわれははだしで川に入る。意外と大丈夫なもんだ。冷たいけど痛いほどじゃないな。

秋の屏風のときの渡渉のほうがつめたかったよ。右京さんは足がしびれたといってうなっている。冷え性なんだろう。かわいそうに。同世代パーティーのリーダー風の人に「プラ靴はインナーのうえにビニールはいて外靴はけばいいんだよ。」と教えてもらう。確かに彼らはそのようにしてはだしにはならずに渡渉していた。なるほど、と感心する。今度からそうしよう。ま、でも脱いだらいいやん。という気もするが。気分次第だな。すぐに荒沢と出会う。ところどころ流れは見えているが、おおむね埋まっている。5分ほどのぼったところで支尾根から天狗尾根にとりついた。8:30

いきなりの急登である。ずしずしと荷が肩に食い込んでくる。雪もどんどん腐ってきていているのでよけいにつらい。同世代パーティとしばらくは交代してつぼでバケツをつけていく。かれらはひじょうに体力がある。交代するといってもなかなか代わってくれない。すきを見て前に出る。何もいわなければきっと永遠に彼らだけでやってしまうだろう。関東からきているみたいだ。

神戸大に知り合いがいるといっていたから大学山岳部出身なのかもしれない。2時間ほどで天狗尾根の稜線にあがった。天気はよいがせっかく持ってきたので赤旗をたてておく。

尾根の樹林のあいだから荒沢奥壁がすがたを現わした。きのこ雪がリッジ上にいくつもついているのが見える。中央ルンゼがうつくしい。下部は絞り込んでいて滝のようになっている。むずかしそうだなあ。あれいけたらあついな、などと考えながら眺めていた。ここで立ち木にわかん、ストックなどをデポする。稜上にあがってもあいかわらずのぼりはきつい。のぼりがきついんじゃなく体力が落ちているのかもしれない。YCCはあがってこないし、関東パーティははやいし、だんだん疲れてきた。立ちくらみが足にきたみたいに足元がふらふらする。どんどん暑くなってくるし、水はないしでさんざんだ。とまって行動食をとりあえずいろいろ詰め込んでみる。と、ちょっとよくなったような気がしたので気を取り直してがんばる。

森林限界を越えるあたりでだんだんと尾根らしくなってきた。となりに東尾根が日に照らされてひかっている。一の沢の頭はすぐそれとわかる。きれいなドーム状だ。よくみたら赤いテントがぽつんと立っている。だれかアタックしているんだろう。雪は明らかに腐ってきていた。朝はバチバチでも日が上がるととたんに腐るっていうのはこういうことかと感心する。いつのまにか関東パーティーは見えなくなっている。情けないが追いつけない。はやい・・・トレースを追うのは悲しい。とくに誰が付けたかわかっているやつを踏むのは特に。かみしめながら使わせてもらう。

だんだんと雪庇もでてきたので何度かトラバースで越える。「いやあ、二年前にきたときは第二クーロアールで滑落している人がいたよ」と関東Pリーダーが言う。自力で這い上がってきたらしいが嫌な話をしやがる。

ようやく第一クーロアールの手前までつく。14:00下部の斜度はそうでもないが抜けるあたりはほとんど垂直にみえるんですが・・あれ懸垂しないと降りれないんじゃないのか?ザイルは40M一本しかない。のぼりにはこれで十分だが下降にはこころもとない。

腐った雪面でピッチをきるのは支点の設置が不安定な状態ということだ。うーん。とりあえず、ここまでなら懸垂をせずとも降りられるだろう。が、ここから先は・・のぼれるだろうが、降りるのは・・。

今日はここで幕営することにした。天狗の鼻はもうスグそこだし、朝早起きすれば今日の分は取り返せるだろう。雪も朝ならよくしまっているだろうし。ということで少し下降してやや平らなところでテントを張った。尾根が狭くテントごと落ちてしまってはかなわないので四隅をピッケルでとめる。テントに入るとやはり落ち着く。喉がからからなのでコッフェルにたっぷりお茶を沸かしてごくごくと飲んだ。明日の行動について話し合う。やはり下降が気にかかる。今回は天狗尾根を同ルート下降で計画を組んでいた。北壁のアプローチの定石だからだ。明日夜中に起きて岩峰手前で日の出を見れば午前の早い時間にピークに立てる。本格的に雪が腐る前に尾根を下りれるんじゃないか?とりあえず今日は早く寝て午前零時起床という事で19:00就寝。放射冷却のせいか、よく冷える。シュラフはけずったので寒くてうとうとしかできない。一度途中でおきてお茶を沸かして体を温め、ようやく零時まで眠ることができた。

3/20(土) 下降

0:00起床。テントから顔を出すと星が瞬いていた。松本の街だろうか、夜景がものすごくきれいだ。長野市もきらきら輝いている。山は静まり返っている。風はない。山にいて一番好きな瞬間だ。静寂の中にテントがひとつ。が、これからどうするか、決めなくてはならない。右京さんはクーロアールはダブルアックスで降りれないかというが、俺はそれは自信ない。懸垂したいがザイルは足りない。のぼりつめて赤岩を下降したいが、バスの予約とわかんを捨てなくてはならない。長時間行動するには持ち運べる水も少ない。何をやるにも何かが引っかかる。

考えの甘さがここにきて噴出していた。登ることだけか考えていなかったのは明らかだった。下降のことをどれだけ考えていただろう。なぜザイルは一本にしたんだろう。雪面での懸垂をどれだけ経験しているだろう。甘く見ていたのだ。一泊二日でアタックして下降するという計画すら浅はかだったような気がしていた。どーんと重い空気がながれる。・・・「下降しましょうか」

右京さんは寝てしまったが、眠れなかった。寒くて寝れないし、いろいろ考えてしまう。俺たちはふたりでどんどん勝手に山に行くが、最近はうまく完結させられないことが増えてきている気がする。敗退するし、最後に当初の計画を完遂したのはいつだっただろう?いつもうまくいくとは限らないけどどれだけ終わった山行を思い返しただろう。次へ次へで頭がいっぱいだった。

今回の山行は敗退の仕方があまりにへぼかったために、また天気とかが敗退要因ではないために、より自分たちの計画とか装備とか技術とかの足りなさがが際立っていたように思う。いい機会だ。もう一度いちからやり直しだ。きちんと考えなければやっぱり山は甘くないのだ。ああ、北壁は見ることすらできなかった。立派になって帰ってきます。

7:00明るくなったのでテントを撤収しており始める。雪はバチバチに凍っている。昨日のバケツが固まって歩きにくい。狭いリッジの下降はところどころ後ろを向いて降りる。こまめに休みながらなんども尾根を振り返る。いつのまにか空は曇り空になっていた。今日は土曜日なので入山してくる人も増えるだろう。ワカンのデポ地点で大木にアックスをうちこんで遊んでいたら右京さんがバイルで顔面を痛打していた。なにをやっているんだか。結構けりこめるしいい練習になるが、木を傷つけるのであまり大きな声では言えない。旗を回収して荒沢に降りる。5~6パーティくらいとすれ違っただろうか?お疲れ様と声をかけられるのがつらい。渡渉点に戻ったが、面倒なので靴のまま突入した。行けばいけるモンで石をひろえて濡れずに突破できた。帰り道、カモシカの姿が見える。行きとは違って人に踏まれた道は潜ることもなく快調に歩ける。昼頃には大谷原についた。下山。12:00 大町方面に30分ほど歩くと釣堀があってそこで電話を借りてタクシーを呼んで温泉郷まで帰った。

総評

今回はいい勉強になった。二人で行くと考えの甘さが際立ってくるのでいい勉強になる。あとは忘れないことだ。次の大山ではきちんと山行をしよう。誰か上の人がいたらついつい連れられていってしまいがちになるけども・・・今回足りないと思ったところを練習するか。先は長い。五月はいい山行にしたいからがんばろう。そしてあの山の頂に立つのだ! おわり