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暖冬の八ヶ岳      2004年11月20日-21日

    L青谷 SL滝口 岩瀬 池内 森 高場 前田 橘(記)

 突然ではあるが八つへの計画が有ると聞き、参加させて頂く。天気予報はばっちりの晴天で快適な雪稜クライミングが楽しめる・・・と踏んだが。
 金曜日の11時、2台のステップワゴンでJR西宮に集合し、途中で滝口を高槻でピックアップして一路美濃戸口を目指す。 翌5時、滑る林道でFFのステップワゴンを押したりしながら山荘前の駐車場に到着し、2時間ほど仮眠する。早朝の割には刺すような寒さを感じない。

 翌朝目覚めると連峰がうっすらと霜で化粧をして我々を招いているのが見えた。駐車料金を徴収に来た山渓から抜け出したようなご主人に話を聞くとほとんど上部にも雪はないそうだ。快晴を喜んでいいのか嘆いていいのか判らない。
 日曜日帰神組の便宜を考え、行者小屋へのベース変更を要請し、許可を得る。行者小屋へは3時間のアプローチだった。気温も高く、ここまで来ただけでも満足しそうな位だった。
氷が有りそうにも思えないが、じょうご沢組と赤岳アタック組に別れ、それぞれ12時過ぎに出発する。地蔵尾根を目指すつもりが文三郎へ行ったり、鉱泉を目指すつもりが地蔵へ行ったりと皆方向を定めるのに大忙しだ。私は滝口、岩瀬、池内、高場さんと赤岳を目指す。

 地蔵の登りは無雪期は初めて(?)だったが新鮮に感じた。稜線に近づくと土の地面が凍っていて足がよく滑る。久しぶりに稜線上のお地蔵さんと感激の再会を交わし、赤岳を目指す。やたらと小屋が多い。アプローチが短い割には斜面が急で寒さが厳しく、何故か小屋も多い。頂上小屋を経由して文三郎への分岐を目指す。文三郎も記憶よりは状態が悪く(雪がないためか?)鎖や鉄の杭を頼りに恐る恐る降りる。恐る恐る降りないと油断して滑落しそうだ。(やや大袈裟か・・)途中、うざったくなって一人最後尾でアイゼンを外して降りるが乾いているように見える岩にも薄く氷が張っていてビブラムでは歯(ゴム?)が立たないのでまたアイゼンを付けて降りる。最後の金網の階段を下りてテンバに戻ると4時だった。
 暖かいので外でキムチ鍋の準備をし、日が暮れてきたのでテントへ移動して飯にありつく。久しぶりの70立ザックで荷物が多くて整理に手間取る。三波のキムチ鍋攻撃を胃で受け止め、時折逆流も感じながらビールを流し込む。その状態での往きの交通費精算は頭が回らず往生した。ダンロップの6天で冬の重装備で8人で生活するのは事実上無理だ。(今回は不要なザック等を閉鎖中の小屋の軒先にデポできたが、それらをテント内に入れての生活はどんなに整理をしても厳しい。)夜7時過ぎ、就寝。

 身動きの出来ない金縛り状態で気を失い、11時頃目覚める。酸欠(?)の為か気分が悪い。その内にテント内の人数が何故か減っていき、手足が動かせるようになった。朝、聞くと二人が気分が悪くなりテントを出て外で寝ていたとのこと。ご苦労様。狭いテントの換気は重要だ。EPIでなく七輪だったら間違いなく8名全員中毒死だっただろう。まあ、登山に七輪を持って行く奴はいないだろうが。
 今までにも6天に8人で寝たことはあったが大概、夏秋だったような気がする。今後は適正な用具を準備するよう心掛けたい。

 翌朝3時30分起床。今日は赤岳主稜アタック組と阿弥陀岳ピークハント組に分かれる。私はどちらにも興味が沸かなかったのでテントキーパーを申し出て、了承される。5時30分まず赤岳主稜組(青谷、森、前田)が出発する。暗い中、ご苦労様な事だ。続いて6時過ぎ、阿弥陀組が出発。誰もいないテントで久しぶりのキーパーとしゃれ込む。テント内を整理したり大量の鍋を洗ったりするが何となく退屈なので靴を履いて辺りを彷徨くことにする。

 そうだ 今回の目的の石尊稜の取り付きでも見に行こう! 行者小屋は標高が高いので中山乗越を越えるのが楽だ。途中、中山展望台というのを発見!早速行ってみよう!5分ほどで展望台に登るとこれが超素晴らしい眺めだ。硫黄岳から阿弥陀岳まで一幅の絵のようなパノラマが眼前に広がる。仲間がどこにいるか見えないが赤岳主稜と中岳沢辺りに向かって大きく「ヤッホー」と大声で叫ぶ。木霊は二度ほど跳ね返って聞こえてきた。こういうときに何か気の利くコールがないものか。「神戸山岳会」では少々恥ずかしく堅苦しいし、「KAC」では何のことか判らない。

 後で考えたが、以前に涸沢でどんちゃん騒ぎ中によそのパーティから怒鳴られた、「神戸さーん!静かにして下さ−い!」からヒントを得て、「神戸さ−ん」があたりが柔らかくて良さそうだ。今度試そう!。さて、ガイド図を携えて石尊稜取り付きを探すがよくわからない。
 何となく見覚えがあると思ったら以前に間違えて取り付いた枝尾根(?)だったり、熊の足音か?と用心して猿のような奇声を発しながら藪を漕いで上がると中山乗越し手前の縦走路だったりと方向が定まらない。しかし先ほどの縦走路で樹林帯の草藪から奇声を浴びせられた無実の登山者はさぞかし気味が悪かったことだろう。再度ガイド図を熟読し、見当を付けて沢の分岐から入り直すとそれらしきルンゼと尾根になってきた。これはあの石尊稜と三又峰ルンゼか!と気を流行らすとどうもその左側のルンゼと尾根のようだ。このあたりはスケールが小さく、里山のような感じだ。大凡の三又峰ルンゼへの分岐の見当を付け、時間切れのためテンバへ引き返す。

 行者へ9時に戻ると丁度阿弥陀組も帰ってきた。10時前、帰神のため青ちゃんへ携帯をしようか思うと主稜組3人が戻ってきた。状態が悪い(雪がない)ため赤岳南峰リッジに変更し、速攻で下山してきたそうだ。8名そろって目出度く美濃戸山荘へ戻り、樅の湯で垢を落としてから帰神の途に着く。



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