鹿島槍 東尾根

2010年05月07日~09日    橘 高橋(光)

20年ぶりに天狗尾根に登ろうとしたが、思わぬところで血沈を喰らい、東尾根で久し振りにハードな山行となった。

5月7日(金) 夜2230
仕事を終え、JR西ノ宮駅に集合。早速T君が30分遅刻して今回の山行を暗示する。GWは超快晴だったが明日から崩れそうだ。深夜の中央道を飛ばし一年ぶりの大谷原に午前4時ごろ到着し大急ぎで仮眠する。

5月8日(土)
車で目覚めると辺りはガスで曇っているが、それくらいで温泉巡りにも変更出来ないので装備をまとめ、天狗尾根を目指して歩き出す。東尾根の取付き末端を横目に見ながら林道を進み大谷川へと下りる。1時間ほど歩いて荒沢の出合を探すがなかなか到着しない。地図で確認すると奥の方にある所ら辺らしいが渡渉が要る。

早速覚悟を決め川の流れの弱点を探りながらパンツ一丁で渡る。太もも位で限界に近い渡渉だった。さてやっとのことで渡り終えしばらく歩くとまたもや対岸に渡らねばならない。しかし今回の流れは前回にも増して急流でしかも深い。泳がないと無理だ。泳いでも無理か。

さらには奥にまだ渡渉点がありそうだし第一濡れた体では雪山に登る気もしない。早々に諦め東尾根へと計画を変更する。しかし渡渉点の渡り返しは精神的にもきつく足先も麻痺した。

約3時間のロスのあと、東尾根末端より尾根に取付く。石楠花がうっとおしくなかなか雪が出てこない。しかも渡渉の頃から雨は本降りとなり全身ずぶ濡れだ。これでは大谷川を泳いで渡ってもあまり変わりがなかった。雨でパンパンに重くなったザックを担いでヤブをこぎ上がり、次第に雪が出てきたので一の沢の頭には届かないがあと1時間位という所でテン場とする。(1400)

それにしても五月の春山での雨は参る。寒いし体力は消耗するし、散々だ。今日の晩飯は私の担当で寄せ鍋。計画では初日は豪勢に栄養をとり、二日目はジフィーズで装備を軽くするという予定だった(が)。テントの中で懸命に濡れた装備を乾かす。

5月9日(日)
500起床。雨は既に上がっている。700出発。
一の沢の頭付近の斜面でT君の雪上訓練をする。うーん微妙だ。しかし時間も無いので30分程で訓練を切り上げ上へと進む。次第に雪面は急になり緊張感が高まる。痩せ尾根を進み、第一岩峰到着12時30分。ここで英気を養おうと大休止してしまい、13時登攀開始。

右から回り込むがいきなりぼろぼろの岩場で緊張する。短めに1pを切り、ビレイ点の木にシュリンゲをまわしたら木そのものが枯れていて宙に浮いていたのでビビる。再度しっかりしてそうな木を探して支点とする。2p目も同じくぼろぼろの緩斜面を登り、ロープの必要もなくなったのでザイルを解く。このGWの晴天続きで雪が消えたの浮石だらけで緊張する。浮石のあとはまた雪稜だ。雪稜を過ぎると第二岩峰が現れた。

時刻は15時30分。ここは早く抜けて今晩の幕営地に早く到達したい。しかし焦る気持ちと裏腹に登攀は遅々として進まない。何故進まないか。本来あるはずの登攀のリズムが出ない。相方は完全にバテてしまいセルフビレイも一人でとれなくなってきた。やはり2年目の新人にはこの尾根は荷が重すぎたか?。

ここは何でもよいから早く強引に上まで抜けてしまおうと岩峰を右から巻いて登るが後で考えたら左から巻くのが正解だった。岩峰の右側面にはハーケンが連打されており一応ルートを示すがどれも効きの甘いハーケンばかりで体重をかけられない。あれさえ掴めば行ける!と下から見て考えていたハーケンが届いてみるとフニャフニャでハンマーで気合を入れるもそれ以上は効かない。

ザックを背負ったままでは墜落の可能性ありと思われたので一旦クライムダウンし、思案の末ザックを下ろし岩場にデポし、空身で終了点まで登り、高橋君とザックを順番に引き上げることにする。思案するうちにも時間はどんどんと過ぎる。一つのミスが20分の時間のロスを産み、焦りが次のミスの開始点となり、ミスの積み重ねが取り返しのつかない重大な事故へと発展する。

落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ、どうすれば単純に解決するか、現在の問題点は何か、解決策は何と何があり、どれを選ぶべきか、色々考える。まず自分の残したザックを引き上げようとするがランニングビレイに阻まれて断念する。次に高橋君にザックを背負ってセカンドで登ってもらおうとするが引力に負けて断念する。

次に高橋君に空身で登ってもらい後でザック二つと人間一人を1回ずつ引上げる方法を考えるが日没時刻が迫っているこの状況では時間かかり過ぎでビバークの可能性があるなあと悩む。その後、上部のビレイ点で余っているザイルの長さを見て、この余ったザイルを使ってザック二つを引き上げることを思いつく。(もっと早く思いつくべきだったが)。ザック二つをうんうんと引き上げ、生活用具と貴重品の入ったザックを落とさないように岩場の終了点でビレイする。

かなり自分もヘバって来て、ウルトラマンの胸のランプが点滅しているような状態だ。高橋君を最後に引き上げ、とりあえず全ての難場を通過したことに胸をなでおろす。しかしナイフリッジはまだまだ上部へ続いており、一瞬も気を抜けない。事故を起こすとしたらこういう状況が可能性が高いと考えられ、高橋君にはとにかくもうすぐテントを張れるスペースがあるはずだからとにかくゆっくり慎重に行こうと話す。

疲れの為か妙に緊張する雪稜や雪壁を慎重に越え、やっとテントが張れそうな斜面となる。そこから上部は荒沢の頭のJPまで緩い斜面が続いているのでよーしもうすぐだ、どんどん行こうと発破をかけるが1分後にはテント設営にかかる時間を逆算するとすぐに行動を終了すべきだと考え直し少し戻り最初の候補地にテントを張ることにする。(1630)

稜線の風はきつい。高橋君は鹿島が初めてなので何もかもにびびったことだろう。強風の中30センチほど雪面を掘り下げ、テントを張り、周りに60cmほどの高さで雪のブロックを囲む。いかにして風を防ぐかが稜線での幕営には重要だ。ギリギリまで行動していい加減に張るとまともに風を受けテントと共にカクネ里か。

午後5時、テントを張り終え、やっと本日の行動を打ち切る。日没まで2時間はあるとはいえ、ひやひやものの夕刻だった。暴風交響曲をバックにレトルトカレーを食い、紅茶が不足しているのでコーヒーを飲んで寛ぐ。そうこうするうちにも風が気になり硬化しかけた雪面から再度ブロックを切り出し壁を積み増す。夜半の風で少し崩されたが何とか壁が一晩守ってくれた。しかしこの風と狭い稜線では小便にも行けない。その代わりに明日の晴天は約束されているようだ。

午前1時過ぎ、次第に風も諦めたのか大人しくなってきて二人の岳人は眠る。昨夜見た春の夢の続きを見ようと努力したが出てきたのは仕事の夢ばかりでもう明日は下界に戻るのかなあと寂しくもあり嬉しくもある複雑な気持ちだ。

5月10日(月)
快晴。気温低し。朝目覚めると水筒の水が少し凍っていた。今日の予定は鹿島の北峰と南峰を踏み冷池山荘から赤岩尾根を下山する。朝6時30分出発。荒沢の頭と思い込んで登っていたら着いてみたら鹿島北峰だった。そこから吊尾根を通り南峰へと歩くがこれが結構渋い。痩せ尾根あり、雪壁ありで緊張する。冷池山荘から一般縦走路を登ってきた場合、南峰から先は進まない方が無難だろう。雪壁をダブルアックスで下りなければならない。本日の天気は快晴だが気温は低く、雪の足場が崩れないのでよかった。冷池山荘着10時、大休止のあと赤岩尾根から西沢へ下り、尻セード、スタンディンググリセード、スケーティング、滑落と銘々の方法で降りる。大谷原駐車場着13時。荷物を整理し一路神戸へと戻る。

NOTES:

  • やはり2年目の高橋君には若干ルートが厳しかった。が、得るものも有っただろう。雪稜はゲレンデの岩登りと違い短期速成ができない。私のサポート力も不足した。しかし休憩の度にタバコを吸っていてはすぐにバテるのも無理が無い。
  • 春山で雨に降られるのは最悪で、疲労が増した。
  • 二人とも荷物が重すぎた。
    L:食料が最後まで余る(ただし非常食にはなったが)
    M:単4電池を10ケも持参(どこで使うのか?)
  • 雪稜と岩場の登攀リズムが悪かった。
  • 完全な雪上歩行、確保、滑落停止ができて初めて登らせてもらえるルートであり、不完全な挑戦者を山は撥ね付ける。特に東尾根は入門ルートとはいえエスケープができないので登るか下りるしかなく、下りる方が難しい。
  • ザックを下ろさないと登れないのは自分の力不足だった。メンバーの荷物の軽量化の徹底と、冷静なルート見極めが課題。
  • 個人的にツエルトビバークは何度かしているが岩場ではまだしたことが無い。今後余裕を持って早い時間に決断できるようにしなければならない。夜の帳(とばり)は圧倒的だ。何もかもを黒く包み、風雪がそこへ応援にやってくる。今度は座って耐えたい。
  • 雪山へ安物のキャンプ用バーナーは禁止。故障したら大変だ。
  • 雪稜では自己責任で登るしかない部分が多い。堡塁でいくらフリーの練習をしても北アルプスとは違う。
  • AU(携帯)は殆どの場所でアンテナ2-3本。逆にソフトバンクは殆どアンテナ0-1本。非常用通信手段としてはSB以外でないと命に関わる。
  • ビーコンは装備したが実際雪崩に合った場合、一人での捜索はどれだけできるか。逆に昔ながらの雪崩紐の方がローテクで有効かも知れない。また岩場で負傷して動けない場合など、一人で担ぎ下ろしは事実上不可能だ。しかし想定したケーススタディは欠かすことが出来ない。
  • GWのわずか1週間後はルートは二人で貸切状態でこれが本来の山だろう。逆に寂しすぎたが。
  • 傾斜を考えるとダブルアックスが望ましかった。